自閉症啓発デー2026北九州に参加して― 映画が教えてくれた「理解」と「つながり」の大切さ ―
- 4月6日
- 読了時間: 8分
自閉症啓発デー2026北九州に参加した今年の4月5日(日)は、私にとって例年以上に深い意味を持つ一日となりました。 会場で上映された映画をきっかけに、当事者の苦悩や家族の葛藤、そして支援者としての自分の役割について、改めて考えさせられたからです。 さらに、啓発デーの趣旨と昨今の世界情勢を重ね合わせると、私たちが社会の中で何を大切にすべきかという問いが、より鮮明に浮かび上がってきました。
■ 映画が描く二人の少女の出会い
ADHDを抱える絃(いと)と朱里(じゅり)
映画の主人公は、発達障害のひとつであるADHDを抱える二人の女子高校生、絃(いと)と朱里(じゅり)です。
絃は進学校に通う真面目な少女ですが、ひどい物忘れに悩まされ、生活や学業に支障をきたしています。重要なテストの日に目覚ましをかけ忘れて寝坊してしまい、そのショックから学校へ行けず、ふらりと立ち寄った公園で朱里と出会います。
朱里は茶髪に派手なメイクの“ギャル”風の女子高生。初対面でいきなり「ADHDって知ってる?」と明るく言い放つ彼女に、絃は驚きながらも惹かれていきます。 学校に馴染めず、欠席や早退を繰り返す朱里ですが、彼女なりの感性と優しさを持ち合わせています。二人は街を歩き、古い商店街や裏山の見える公園、野良猫たちとの触れ合いを通して、少しずつ心を通わせていきます。
しかし、絃の母親は朱里の外見に不信感を抱き、二人の交流を禁止します。一方の朱里も、家庭内での孤立や姉との衝突が続き、次第に絃との連絡を絶ってしまいます。 やがて朱里は父親や姉との不和から家を飛び出し、2人が出合った公園へ向かいます。絃にメッセージを送り、絃は母の制止を振り切って朱里のもとへ走り出します。 二人が再会するラストシーンは、互いの存在がどれほど大切だったかを静かに、しかし力強く伝えていました。
■ 舞台と人物
映画の世界観は、二人の少女の心の揺れを映し出すように、細やかに作り込まれていました。
◇舞台
物語の舞台は東京・多摩地域の住宅街。 竹やぶ、公園のベンチ、野良猫たち、古い商店街――どれも都会の中に残る“生活の匂い”がする場所です。
特に、公園のベンチは 朱里と絃の出会いと救いの象徴 として描かれていました。
商店街の人々は、朱里を温かく見守っています。
・八百屋のおばちゃんは、孫がろう者で、当初は娘を責めた経験があるが、今は受容している。その経験が朱里へのまなざしに影響しているように見える。
・魚屋のおじさんは江戸っ子気質で口は悪いが、朱里を自然に受け入れている。朱里との掛け合いはユーモアにあふれている。
・謎めいたおばさんも登場し、商店街全体が“朱里の居場所”として機能していることが伝わってくる。
また、神主のおじいさんは、迷える絃を導く象徴的な存在。 孫を叱りつける厳しさと、溺愛する優しさの両面を持ち、絃にとっての“第3の大人”として重要な役割を果たしていました。
◇朱里サイド
朱里は、 ・ギャル ・おしゃれが好き ・ADHDの不注意・衝動性 ・思ったことをすぐ口にする多弁さ ・激高すると感情が爆発する といった特徴を持っています。
姉は常に朱里を責めているように見えますが、理解できない苦しさを抱えているのだろうと感じさせます。 父親は厳格で、朱里の特性を「努力不足」と捉えてしまうタイプ。 母親は家族の中で最もバランス感覚があり、家族をまとめるキーパーソンとして描かれていました。
クラスメイトには、朱里と似たギャル数名と、少し朱里に好意を持っていそうな男子生徒がいます。
◇絃サイド
絃は朱里と同じADHDですが、不注意優位型で、朱里とは対照的に真面目で勉強熱心。 クラスでは目立たない存在ですが、芯の強さを持っています。
父親は発達障害を深刻に捉えず、ゆるい性格で、絃とは少し距離があるように見えますが、意外とガス抜きの役割を果たしているのかも。 母親はキャリアウーマンで、教育や友人関係に口を出しますが、絃の意見を尊重しようとする賢明さも持ち合わせています。
クラスメイトの女子二人は、絃に意地悪な態度をとり、絃の孤立を深める存在として描かれていました。
■ 映画を観て感じたこと
朱里の「理解されない痛み」が胸に迫る
朱里は家族からも学校からも「怠けている」「だらしない」「ADHDを言い訳にしている」と誤解され続けてきました。 ADHDの特性による物忘れや不注意は本人の努力不足ではないのに、周囲の理解が乏しいと「自分が悪い」と思い込み、自己肯定感を失っていきます。
姉や父親に心無い言葉を浴びせられ、部屋に閉じこもる朱里の姿は、支援者として胸が痛むほどリアルでした。
絃の“初めての自己主張”に心を動かされた
絃は「教育ママ」の期待に応え続けてきた少女です。 しかし朱里との出会いを通して、初めて自分の意思で行動するようになります。 母親の制止を振り切って朱里のもとへ走るシーンは、絃が「自分の人生を自分で選ぶ」瞬間でした。
“支援が届かない子どもたち”への想像が止まらなかった
映画の二人はまだ支えがある環境にいましたが、現実にはそうでない子どもたちも多い。 朱里のような子が、不登校の先のひきこもり、家出、悪い大人に利用される、といった危険にさらされる可能性は珍しくありません。
絃もまた、いじめや誤解が重なれば不登校や孤立に至る可能性があります。 発達障害の特性が理解されず、周囲の無理解が重なると、最悪の場合、自死に至るケースもあります。
支援者として、 「当事者の苦悩を受け止め、家族や周囲との橋渡し役になること」 の重要性を改めて感じました。
そしてふと頭をよぎったのが、北九州の“抱樸”が掲げる「希望のまち」で目指す子ども支援の姿でした。 地域全体で子どもを支える仕組みがあれば、朱里のような子が孤立せずに済むのではないか。 映画は、そんな問いを私に投げかけてきました。
■ 自閉症啓発デー2026北九州で感じたこと
映画で感じた「理解されない苦しさ」は、啓発デーのメッセージと深くつながっていました。
自閉症の人たちは、特性に応じた環境調整や情報提供があれば、驚くほど力を発揮します。 逆に、曖昧で急かすような対応は、不安や混乱を生み、不適応や強度行動障害につながります。
啓発デーで示されていた 「正確で丁寧な情報提供」 というメッセージは、映画の二人の姿と重なり、当事者の人生を左右するほど重要な姿勢だと実感しました。
■ 世の中の情勢を見つめながら
映画と啓発デーでの学びを胸に世界情勢を見渡すと、そこには対照的な光景が広がっています。
性急で一方的な意思決定、丁寧な対話の欠如、短期的な成果を優先する姿勢―― こうした動きが社会の分断や混乱、紛争を生んでいます。
支援現場と政治は単純に比較できませんが、 「乱暴で急ぎすぎる対応は、必ずどこかに歪みを生む」 という点では共通しています。
■ 自閉症支援の原点が、社会をより良くするヒントになる
自閉症支援の基本は、 「当事者に合わせて、正確で丁寧な情報提供を行い、粘り強く伴走すること」 です。
これは支援現場だけでなく、社会全体にとっても大切な姿勢ではないでしょうか。
・相手の立場に立って理解しようとする
・急がず、丁寧に説明する
・一方的に押しつけず、対話を重ねる
・困っている人に寄り添い、伴走する
こうした姿勢が広がれば、社会の分断は和らぎ、争いも減るはずです。 自閉症啓発デーで学ぶ「理解」と「共生」は、世界をより良くするための普遍的な価値なのだと感じました。
■ 新聞特集記事と会場での反響、そして私の活動
今回の自閉症啓発デー2026北九州では、映画上映会やブルーライトアップに加えて、西日本新聞が大きな特集記事を組んでいました。 その紙面の中に、私が代表を務める ABC研究所 と、発達支援やABAをわかりやすく伝えるために運営している
の紹介広告も掲載されていました。
会場に足を運ぶと、多くの関係者の方々から、「新聞見ましたよ」、「広告載っていましたね」、「活動、ずっと続けてこられていますね」 と声をかけていただきました。
映画を観て、当事者の苦悩や家族の葛藤を改めて考えた直後に、こうした反響をいただいたことは、私にとって大きな励ましでした。 自分の活動が、地域の中で確かに届き始めていることを実感し、静かな喜びと同時に、身の引き締まる思いもありました。
特集記事には、北九州市内のランドマークの門司港、小倉城がブルーに染まる写真や、発達障害に関する展示の案内が掲載されており、地域全体で理解を広げようとする姿勢が伝わってきました。 その下に自分の研究所やチャンネルの広告が並んでいるのを見ると、 「私もこの地域の一員として、啓発活動の一端を担っているのだ」 という実感が湧きました。
映画の中で、朱里や絃が「理解してくれる大人」や「安心できる居場所」を求めていたように、現実の子どもたちにも、同じように寄り添い、伴走する存在が必要です。 そのために、ABC研究所としての研修や教材開発、YouTubeでの情報発信が、少しでも役に立つのであれば、これほど嬉しいことはありません。
今回の啓発デーでの反響は、私にとって 「これからも続けていくべき道は間違っていない」 という確かな手応えとなりました。

■ おわりに
映画で描かれた二人の少女の姿は、発達障害のある子どもたちが抱える現実を象徴していました。 理解されない苦しさ、孤立の怖さ、そして誰かとつながることで生まれる希望。
自閉症啓発デー2026北九州は、私にとって「支援者として何ができるか」を改めて問い直す機会となりました。 そして、当事者支援の原点にある「丁寧さ」と「伴走」は、社会全体をより良い方向へ導くヒントでもあります。
これからも、現場での実践を通して、子どもたちの未来に少しでも光を届けられるよう努めていきたいと思います。











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