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正高信夫著 天才はなぜ生まれるか(ちくま書房)

著者の主張は、過去の偉人が、なぜそのような歴史的な偉業を成し遂げたのかについて、「ある能力が欠如しているからだ」と逆説的な論法で解いていきます。様々な障害(異能)が、天才的な業績を生み出すということを6人の偉人の生涯から紹介するユニークな本です。他の様々な書籍でも取り上げられることの多い偉人たちが登場しますが、著者は日本でも最先端の研究所の1つである京大の霊長類研究所に所属していただけあって、障がいに関する多方面の研究事例などもエピソードとして織り込んでいる点は独創的でより深く理解できました。また脳のどの部位の機能障害がどういう症状をもたらすのかについての説明は、より精緻なアセスメントと支援の提供をもたらす可能性があると思いました。ただ10年ほど前に書かれたものなので最近の用語に置き換えて読む必要がありそうです。

エジソンは注意欠陥多動性障害(ADHD)の代表者として有名ですが、ADHDの人とそうでない人の認知的な特徴の違いを実証する実験研究が面白かったので紹介します。目の前で交互に点滅する刺激を提示すると両方の被験者とも交互に刺激を見ます。ある刺激を点滅させた状態で新たにもう一方を点滅させた時の反応に両者に違いがあります。ADHDでない人は新たに点滅した方を瞬時に見るのですが、ADHDの人は元の刺激に視線を向けている時間が長いそうです。つまり一旦1つのことに注意が向くと他のことに注意を切り替えるのは難しいということです。エジソンが失敗を繰り返しながらも、諦めずに数々の発明をしていったことは、1つのことに執着したおかげだと結論付けています。

一方この特性が逆に作用した例として送電技術の発明に関するニコラス・テスラのエピソードをあげています。電気自動車のベンチャー企業で有名なテスラモータースの社名は、このテスラから来ています。エジソンは蓄電池も発明しましたが、そこから取り出せる電流は直流電流です。現在の家庭用電源は交流電流なのですが、遠くまで電気を送電するには交流でないとうまくいかないのです。テスラは、エジソンの元で働いていて交流方式を勧めたのですが、エジソンが直流にこだわるあまり、テスラはエジソンの元を去って新たに電気事業を始めたのです。

またエジソンは、数えきれない特許を取得したことでも知られています。そのすべてがクリーンな競争によってもたらされたわけではなく、執着心があまりに強いためにライバルを蹴落とするようなこともしています。単に努力で成功を勝ち取った美談に終わらず負の側面にも目を向けさせてくれます。

アインシュタインは、他の著書ではアスペルガー症候群で紹介されることが多いですが、ここではLDの症状を持っていたとして紹介されています。アインシュタインは、死後に脳を取り出されて保存してあり、その切片などから脳の研究がされているそうです。脳の重量は平均よりも軽く大脳皮質の層もやや薄いそうです。ではこの天才を特徴づけているのは何か違うのかというと頭頂葉の部分に欠落があり、ここはワーキングメモリーと言われる脳の機能を担っているそうです。認知科学でよく記憶の話が出てきます。長期記憶は昔の出来事を思い出す場合、短期記憶は昨日食べたものを思い出す場合などと説明されます。ワークングメモリーは作動記憶などとも呼ばれますが、新奇なところに電話をかけるときに何度も復唱してボタンを押し電話をかけたらすっかり忘れ去られてしまうような場合です。ワーキングメモリーが働くには音韻ループといって何度も音を繰り返す機能が働く必要があるのですが、それが頭頂葉のある部分に集中しているそうです。それが損傷されると、暗記学習が難しくなりますし、言語の習得も遅くなるようです。アインシュタインは、言葉が出るのが遅かったようですし勉強も暗記を求められる科目は苦手でした。音韻ループの発達が損傷すると、それを補償するような形で視覚的な創造力や空想力がアップするようなのです。私がある数学者と話した時に数式なども単なる記号ではなくイメージとして見えるとおっしゃっていました。ノーベル賞を取るような優れた学者さんも、空想力を発揮して画期的なアイディアを打ち立てているそうです。それは大概、寝ている時に浮かぶそうですから、常に枕元にメモ用紙を置いているといいます。一方でそんなアインシュタインも子どもの頃、ひどい癇癪持ちだったそうです。マヤという妹は何度も危ない目に遭ったことがあるそうです。

アスペルガー症候群の特徴を持っていたといわれる偉人として、グラハム・ベルという電話機を発明した人が紹介されていました。ベルは、ある女性を好きになったのですが、その人は聾者でした。ベルは、その人と言葉を交わし、気持ちを通じ合わせたいという思いで、電話機を開発したと言います。発明が成功し経済的にも豊かになったベルは、その女性と結婚します。しかし、その女性と言葉を交わし心を通わせたいという思いで電話機を発明したベルでしたが、実際には心を通わせることができず結婚生活はうまくいかなかったようです。心を通わせることが難しかったのは、アスペルガー症候群の症状から来るものだったというのです。何とも切ない話ではありませんか。

この本を読んで改めて思いましたが、日本の社会では秀才はたくさん出ても、天才や奇抜なアイディアを持って世界で活躍する人は出にくいだろうなということです。学校でも実社会でも、出る杭は打たれ、みんな同じ、均質化が求められるからです。異才が認められないばかりか、紹介したエピソードでも行動問題を持っていることが多く、社会からも阻害されてしまうでしょう。東京大学と日本財団が共同で、異才発掘プロジェクトというものを始めていますが、何かの突破口になってくれたらと願います。 http://www.nippon-foundation.or.jp/what/projects/rocket/

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