「希望のまち」を訪ねて――建物、地域、そして人とのつながりから考えたこと
8月3日、北九州市で長年にわたり生活困窮者支援、居住支援、子ども・家族支援などに取り組んでこられた抱樸に招かれて職員研修を行いました。午前中は、現在建設が進んでいる「希望のまち」を見学させていただき、午後からは抱樸の職員の皆さんを対象に、発達障がいのある方への支援について研修を担当しました。一日の中で「建物をつくること」と「人を支援すること」という、一見すると異なる二つのことに触れました。しかし、振り返ってみると、この二つには共通するものがたくさんありました。それは、人が安心してそこにいられる場所をつくること、人と人との関係をつくること、そして誰かを孤立させないことです。私自身、普段は応用行動分析(ABA)をベースとして、発達障がいや知的障がい、強度行動障がいのある方々への支援に関わっています。その意味でも、今回の訪問は、自分が日頃行っている「支援」という営みを、少し違った角度から見つめ直す大変貴重な機会になりました。
『希望のまちの作り方』を読んでから現地へ
今回の訪問に先立ち、『希望のまちの作り方』を拝読しました。本を読みながら強く感じたのは、「希望のまち」は、単に新しい福祉施設を建てるという話ではないということでした。
地域の中で人が暮らすとはどういうことなのか。困ったときに「助けて」と言える場所とは何なのか。支援する側と支援される側を明確に分けるのではなく、さまざまな人が出会い、つながり、ともに生きる場所をどうつくるのか。
そうした問いが、この建物には込められているように感じました。そして、本を読んだ上で実際の建物を訪れ、森松さん、石井さんから直接お話を伺うことができたことで、本に書かれていたことが一気に立体的になりました。
まだ内装工事の最中で、床には養生が施され、工具や資材が置かれています。完成後の姿とは違う、まさに「つくられている途中」の希望のまちです。だからこそ、かえって面白かったのかもしれません。
「ここではこんなことを考えているんです」
「ここから人が行き来できるようになります」
そんな説明を聞きながら建物の中を歩いていると、一つひとつの空間が単なる「部屋」ではなく、そこでこれから起こる人と人との出会いや活動を想像させる場所に見えてきました。
大きな窓から光が入り、木が多く使われた室内は、完成前でありながらすでに温かみを感じます。
吹き抜けを見上げると、大きなトップライトから空が見えます。
建物の中にいながら、外の光や空、風を感じることができる。
福祉施設というと、どうしても安全性や機能性を優先するあまり、閉じた空間になってしまうことがあります。しかし、希望のまちを歩いていると、「地域に開く」という考え方が建物そのものにも表現されているように感じました。
屋上から見た街
特に印象に残ったのは屋上です。
この日は酷暑でしたが、屋上に出ると心地よい風が吹いていました。
そこから周囲の街並みを眺めました。
建物が一つ建つ。
物理的にはそれだけのことかもしれません。
しかし、そこに人が集まり、子どもが来て、高齢者が来て、障がいのある人もない人も訪れ、食事をしたり、話をしたり、困りごとを相談したりする。
そうすると、その建物を中心に、人の流れが変わります。
人の流れが変われば、街の風景も変わっていきます。
屋上から街を眺めながら、「建物をつくることは、地域の関係をつくることでもあるのだ」と感じました。
これは、私にとって新鮮な視点でした。
私はこれまで、障がいのある方の支援について、本人と支援者、本人と家族、あるいは学校や施設といった比較的限定された環境の中で考えることが多かったように思います。
もちろん環境調整はABAにおいても重要です。
しかし、「環境」という言葉をもっと広く考えれば、部屋の構造や視覚的な手がかりだけではありません。
誰と出会えるのか。
困ったときにどこへ行けるのか。
自分を知っている人が地域に何人いるのか。
自分の役割を持てる場所があるのか。
それらもすべて、その人の行動や生活を支える「環境」です。
希望のまちを見学しながら、そんなことを考えていました。

「命」について謙虚に考える
『希望のまちの作り方』には、これまでの私自身の経験にはなかった視点が数多くありました。
特に考えさせられたのは、「命」ということでした。
支援の仕事をしていると、どうしても「何ができるようになったか」「問題となっている行動がどの程度減ったか」「社会生活に適応できるようになったか」といったことに目が向きます。
それらはもちろん大切です。
私自身、ABAを専門としてきた人間ですから、行動を具体的に捉え、環境との関係を分析し、本人がより暮らしやすくなるための支援を組み立てることを大切にしてきました。
しかし、そのさらに手前には、「この人が今日ここにいる」という事実があります。
人は、何かができるから価値があるわけではありません。
支援者が設定した目標を達成するために生きているわけでもありません。
生きているということそのものを、私たちはどのように受け止めるのか。
支援という仕事に長く携われば携わるほど、知らず知らずのうちに「支援する側の論理」で物事を見てしまうことがあります。
今回、本を読み、そして実際に希望のまちを歩きながら、支援の専門性を持つことと同時に、人の命や人生に関わる者として謙虚であることの大切さを改めて考えさせられました。
午後は、抱樸の皆さんとの発達障がい研修
午後からは場所を移し、抱樸の職員の皆さんを対象とした研修を担当しました。
今回このような機会をいただいたきっかけは、昨年、のぞみの園の田中理事長からご紹介いただいたことでした。
ご縁がつながり、今回こうして抱樸の皆さんと研修をご一緒することができ、奥田牧師とも直接お話しする機会をいただきました。
奥田牧師は、熊本地震の被災者支援にも奔走されている最中で、大変お忙しい時期でした。その合間を縫って貴重なお時間をいただいたことにも、心から感謝しています。
今回の研修では、私から一方的に発達障がいやABAについて講義するのではなく、できるだけ抱樸の皆さんが日々出会っている実際の支援場面から考えることを大切にしました。
そのため、事前に職員の皆さんからアンケートをいただき、「実際にどのような場面で困っているのか」「どのような支援について考えたいのか」を教えていただきました。
そこには、教科書の中ではなく、日々の支援現場だからこそ出てくる具体的なエピソードがたくさんありました。
発達障がいのある方の行動を見たとき、私たちはつい、
「どうしてこんなことをするのだろう」
「何度言っても分かってもらえない」
「本人のこだわりが強い」
と考えてしまいます。
しかし、ABAでは、行動だけを切り取って「良い・悪い」と判断するのではなく、その行動の前に何があり、その行動の後に何が起きているのかを考えます。
いわゆるABC分析です。
行動には、その人なりの理由があります。
その理由を本人の性格や障がいのせいにしないで、本人と環境との相互作用の中から理解していく。
そこから支援の選択肢が広がっていきます。
「困った人」ではなく「困っている人」として見る
今回の演習では、事前アンケートでいただいた実際の事例をもとに、小グループで行動の背景や支援方法について話し合っていただきました。
さらに、一部ではロールプレイも取り入れました。
支援者役と本人役になってみると、頭では分かっていたことが、身体感覚として分かることがあります。
「この伝え方だと分かりにくいな」
「一度にこんなに言われたら、自分でも混乱する」
「本人から見ると、支援者の方が突然予定を変えているように感じるかもしれない」
そんな発見が生まれます。
私が発達障がいの支援で大切だと考えていることの一つは、行動を「本人の問題」だけにしないことです。
私たちから見れば「困った行動」でも、本人からすれば、その状況で何とか対処しようとした結果なのかもしれません。
「困った人」として見るのではなく、**「何かに困っている人なのではないか」**と考えてみる。
そうすると、支援者の問いが変わります。
「どうやったらこの行動をやめさせられるか」から、
「何に困っているのだろう」
「どう伝えれば分かりやすいのだろう」
「別の方法を本人に提供できないだろうか」
という問いに変わります。
この視点の転換こそ、支援を考える上で非常に重要だと思っています。
真面目さの中にあるユーモア
演習をしていて、とても印象に残ったことがあります。
それは、抱樸の皆さんの「真面目さ」と「ユーモア」です。
皆さん、本当に熱心に事例について考えてくださいました。
その一方で、話し合いやロールプレイでは自然に笑いが起こります。
その様子を見ていると、普段の支援現場でも、皆さんが利用者の方々と真剣に向き合いながら、どこかに人間らしいユーモアや柔らかさを持って関わっていらっしゃる様子が目に浮かぶようでした。
これは支援において、とても大切なことだと思います。
専門性が高くなるほど、支援は難しい言葉で説明されがちです。
しかし、実際の暮らしは理論だけではできていません。
笑ったり、失敗したり、冗談を言ったり、ときには腹が立ったりしながら、それでも翌日また顔を合わせる。
支援とは、そういう日常の積み重ねでもあります。
ABAもまた、本来は人を機械的に動かすための方法ではありません。
その人が暮らしの中で「伝わった」「できた」「選べた」「少し楽になった」という経験を増やしていくための一つの道具です。
だからこそ、専門的な技法と同時に、人と人との関係の温かさが必要なのだと思います。
午前と午後が一本につながった一日
研修を終えたあと、改めて午前中の希望のまちの見学を思い返しました。
希望のまちは、人が孤立しないための「場」をつくろうとしていました。
午後の研修では、発達障がいのある人の行動を理解し、その人が周囲とよりよくつながるための「支援」を考えました。
一見別々のことですが、私の中では一本につながりました。
人は、人との関係の中で生きています。
どれだけ優れた支援技法があっても、その人が地域の中で孤立していたら、暮らし全体を支えることはできません。
一方で、「つながりが大切だ」と言うだけでも、具体的に困っている人を十分に支えることはできません。
分かりやすく伝える。
本人が選択できるようにする。
苦手な環境を調整する。
適切なコミュニケーションの方法を教える。
行動の背景を分析する。
そうした具体的な専門性も必要です。
「つながり」と「専門性」のどちらかではなく、両方が必要なのだと思います。
希望のまちという大きな取り組みと、午後の研修で扱った一人ひとりの具体的な支援事例。
スケールは大きく異なりますが、「その人が地域の中で生きていくために、環境をどうつくるか」という点では共通しています。
これは、今回の訪問で私が得た大きな学びの一つでした。
懇親会まで続いた「つながり」
研修後には懇親会にも参加させていただきました。
温かい雰囲気の中、美味しいお酒をいただきながら、研修中とはまた違った形で皆さんとお話しすることができました。
研修という場では、どうしても「講師」と「受講者」という関係になります。
しかし、懇親会ではその境界が薄くなります。
それぞれがこれまで経験してきたこと、現場で感じていること、支援への思いなど、さまざまなお話を伺うことができました。
午前中、希望のまちで「人がつながる場所」について考え、午後は「支援を通して人とつながること」を考え、そして夜は実際に皆さんと食事やお酒を囲んでつながる。
振り返ってみれば、朝から夜まで一貫して「人と人とのつながり」について考えた一日だったように思います。
皆さまと過ごした時間はとても心地よく、私自身が励まされる思いでした。
「支援の原点」に立ち返る
長く専門職として仕事をしていると、知識や技術は少しずつ増えていきます。
それはもちろん必要なことです。
しかし同時に、ときどき「そもそも何のために支援しているのか」という原点に戻る機会が必要なのだと思います。
本人が安心して暮らせること。
困ったときに誰かに助けを求められること。
自分の思いを何らかの形で伝えられること。
誰かと笑えること。
自分の居場所があること。
そして、自分がこの地域の一員であると感じられること。
支援技術は、そのために使われるものなのでしょう。
希望のまちを歩きながら見た大きな窓、木の温かさ、吹き抜けから見えた空、そして酷暑の中、屋上で感じた心地よい風。
まだ工事中だった建物が完成し、そこに人が集まったとき、どのような風景が生まれるのでしょうか。
今回見た「建物」は、完成すれば終わりではありません。
むしろ、そこからが「希望のまち」の始まりなのだと思います。
人が来る。
人と人が出会う。
何かが始まる。
ときにはうまくいかないこともある。
それでもまた誰かが関わり、関係が続いていく。
その積み重ねによって、建物が本当の意味で「まち」になっていくのではないでしょうか。
そして、それは私たちが日々行っている支援にもよく似ています。
支援計画を立てたら終わりではありません。
研修を受けたら終わりでもありません。
その人と関わり、やってみて、うまくいかなければ考え直し、また工夫する。
そうした日々の小さな営みの中に、支援があります。
今回の訪問を通して、私自身がこれまで大切にしてきたABAという専門性についても、より広い「暮らし」「地域」「つながり」という視点の中に置き直して考えることができました。
『希望のまちの作り方』を読み、実際の希望のまちを訪ね、森松さん、石井さんからお話を伺い、午後には抱樸の職員の皆さんと発達障がいのある方への支援について考え、さらに奥田牧師とも直接お話しすることができました。
本に書かれていたことが、建物になり、人になり、地域の風景になって目の前に現れた一日でした。
そして何より、「支援とは何だろう」「人が生きることを支えるとはどういうことだろう」という、簡単には答えの出ない問いを改めて持ち帰ることができました。
専門家である前に、一人の人間として、命について、支援について、そして人と人とがつながることについて、これからも謙虚に考え続けたいと思います。
このような貴重な機会をつくってくださった抱樸の皆さま、希望のまちをご案内いただいた森松さん、石井さん、ご多忙の中お時間をいただいた奥田牧師、そして今回のご縁をつないでくださったのぞみの園の田中理事長に、改めて心より感謝申し上げます。
希望のまちが完成し、そこに多くの人が集い、新しいつながりが生まれていくことを楽しみにしています。
そして私自身も、今回いただいた学びを、これからの発達障がいのある方々への支援や各地での研修・コンサルテーションに生かしていきたいと思います。











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