行動モーメンタム
行動モーメンタムというのは、行動分析家のNevinらが1980年代に提唱した行動の概念です。行動の変化抵抗と物理学のニュートンが提唱した慣性の法則、つまり質量のある物質に力を加えた時の速度の変化抵抗との類似性から生まれたものです。行動モーメンタムというのは、行動の変化のしにくさという概念を表します。
発達障がい児が他者からの指示に従わない行動(非応諾行動)も変化抵抗と言えるものです。逆に応諾行動が身に着けば、指示に抵抗を示すといった行動問題も減少することがわかっています。応諾行動を身につけるための従来の方法論は、タイムアウト(好子の一時的な保留)によって促したり、身体的に応諾行動をガイドする方法などがありましたが、年長で攻撃行動が激しい人には適用が難しいという難点があります。結果操作により応諾行動を促す方法もありますが変化抵抗に逆らうほどの強い好子を見つける必要があります。あらゆる手を尽くしても変化を生み出せない場合に通常は罰を使うということになります。
このような場合に、行動の慣性の法則を使うとうまくいくようです。行動分析家のMaceらは、1988年のJABA(応用行動分析学会誌)21巻の123-141頁に行動の変化抵抗を打ち破るために行動モーメンタムを使った研究を発表しています。Maceらは、非応諾行動の激しい成人の発達障がい者数名に対して、他者の指示に応じやすい行動を複数選び出して実施した直後に、非応諾行動を行うと変化抵抗を打ち破って応諾的に行動できることを示しました。
非応諾的行動の例としては、弁当箱を片づける、ゴミ箱のゴミを捨てる、鏡を拭く、シャワーの準備をするなどです。彼らは支援者の指示になかなか応じられなくて時間がかかったり、指示に反発して行動問題を示していました。応諾的行動の例は、ハイタッチをする、ハグをする、握手をするといったものです。
これを読んである大学の物理の先生が貨物列車の機関車は、一台分の貨車しか動かす動力がないのにたくさんの車両を動かすことができるのはなぜか?という力学講義をしていたのを思い出しました。貨車の連結部が伸び切った状態だと機関車の動力では全車両を動かすことはできません。しかし貨車の間の連結部にゆるみがあることで1つずつ順番に貨車を動かし、その勢いでさらに次の貨車を動かし・・・というように次々と連鎖反応のように影響を及ぼすことで全車両が動き出すのだそうです。そういえば止まっている貨物列車が動き出すときに連結部の大きな音が順に響いて徐々に動き出すのを見たことがありますが、まさしくその通りだなと思います。
つまり応諾行動を複数行うことで行動に勢いがついて、変化抵抗の大きい非応諾的な行動にも影響を及ぼすことができるのでしょうね。これはなかなか面白い行動法則だと思います。