平成27年度 北九州自閉症啓発デー記念行事(2)

最後は、今年から北九州市総合療育センターの精神科医師として勤務することになった下村泰斗氏の講演だった。冒頭で「世の中、目に入る情報に頼る傾向が強い」とおっしゃって資料もスライドも使わないという講演スタイルだった。私が聞いた中で、この分野では佐々木正美先生くらいだろうか、話術だけで講演されるのは。話の切り口もとてもユニークで面白かった。趣旨は3つで1つ目が普通の人も発達障がい、2つ目が、発達障がいの人の感覚特性、最後の3つ目が支援のマニュアルはない、安易な方法はないというものだった。

<普通の人も発達障がい>

 一昔前の生活には携帯電話はなかったが、今の時代は誰もが携帯を持ち、いつでも携帯をいじったり画面を見たりしている。そのためか現代の人は、何もせずに静かに黙って待つということができなくなっているのではないか?そのような生活スタイルは、衝動性や多動性を助長していないだろうか?

 また現代はインターネットが普及し、コンビニは24時間開いていて便利になったと言われている。しかし、いつでも使えるからと行き当たりばったりに行動してしまい、計画的に物事を進めること、優先順位を考えて行動すること、見通しを立てて準備することが疎かになってきていないだろうか?

 オムツは紙おむつでおしめを洗うことはなくなり便利になった。でも最近のママさんのおむつ替えの様子を見ていると、子どものタイミングでなく、大人のタイミングでさっと変えているように見える。相手に合わせる、他人と協力するという力を奪っているかもしれない。文書も手書きからワープロになり、いつでも失敗できるし書き直しができるので、慎重に文面を考えて失敗しないように書く習慣がなくなってしまった。水道の蛇口もレバーや自動になり、ひねる動きや力を加減するというということをしなくて済むようになった。

 この道の専門家と呼ばれる人も特性があるのではないか?子どもの頃に、○○博士と呼ばれていなかったか?特別なこだわりや決まったやり方に固執していたりしないだろうか?

<発達障がいの人の感覚特性>

 当事者の方の話を伺っていると、社会で不適応を起こす原因となる特性は、根源的に感覚の違いから来るものなのではないか?当事者の方の中に体温が39度に上がって初めて熱があると気づく人がいる。また当事者の方が、人とコミュニケーションを取るのが難しいとおっしゃる人が多い。彼らは、人とやり取りしたい欲求はあるのだが、コミュニケーションの取り方がわからない、感覚の受け取り方が違うためにやり取りが噛み合わなくなるのではないか。

<支援にマニュアルなし、安易な方法なし>

 近年、本人が行く高校や大学は親が見学して決めた学校を子どもに説得して受けさせることが多くなってきた。病院での受診でも、ああしてください、こうしてくださいなどと親が先回りしてやってきて指示してしまうことを目にすることがある。子どもの方が親に気を遣っていることもある。どちらが、発達障がいか?専門家も、自分で正しいと思った方法論を決まったやり方で押し付けることがあるのではないか?私は最初から正論を押し付けるのではなく、選んだ結果を説明して本人に選択してもらうように心がけている。人それぞれ個性があり、育った環境や置かれた状況が違うので、支援の仕方はその時々で違うと思う。

当事者に告知して自己理解してもらうことは、社会適応を図るうえで重要なことだが、伝えるタイミングやそのことを当事者が理解するスキルにおいて難しさを感じている。自己理解も大切だが、それと合わせて多数派の(発達障がいでない)人たちの感じ方、やり方を当事者に知ってもらうことは重要だと思う。

最後に、自立に必要なこと3点。①わからないことを質問する、②助けを求める、③お礼を言えるようになること。

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